TXの記憶9☆日本語・生徒
日本語の生徒・出会い
初年度。たしか、10人位のクラス。
授業がはじまっていきなり、生徒全員の名前が入ったWelcome!!みたいなカードもらってうれしかった。
1年目の初学期は緊張しまくり。
1年目なので自分のスタイルが確立するまで、、、
バリバリのJSL、、、いきなり100%日本語、英語は許しませんよ、、、スタイル。
でも、みんな楽しそうについてきてくれた。
2年目。
2年目の人数は少し増えて、18人位だったのかな?
確か、1年目が終わった夏休みに、自分で日本語の生徒を増やすための宣伝ポスターを大学中にはりまくった。
ここまでやれ!とは言わないけど、進んで日本語を開拓してくれる人にALLEXで日本語を教えてもらいたいな。自分はそういう性格なので、凝ったポスターを作った。
そのせいもあって、少し人数が増えた。
2年目の生徒たちは、年齢が多少離れていたけど、クラス全体で仲良かった。
特に、奥さんが日本人で地元でカウンセラーの仕事をしている男の生徒がいて、
彼は、40代半ばくらいで大学に戻ってきた人で、年齢も上で、、、生徒と先生の関係が終わってから、
生活の不満や将来の不安を聞いてくれたり、、、本当に感謝。
コーヒーとかご飯とかたまに一緒に行っても、、、
「お前が仕事するようになったら、返せばいいから。」って、、、いつも。
今でも、連絡を取り合って、面倒を見てくれる、、、ナイスガイ!!!
他にも、当時流行ったHard Gayマニアみたいな面白生徒もいて、2年目が一番ワイワイして楽しかった。
3年目。
更に、改良をしたポスターを2年目の終わりの夏にばら撒いて、生徒、、、登録で38人。
言語の生徒の上限は30人で、早い段階で30人になる勢いだったので、上限を取り払った。
ちょっと、これは自慢できるでしょ?頑張ったよ!!
正直、テキトーに日本語教師やっている人よりは、自分、、、向いていると思う。
まあ、、、笑いが取れれば良いわけではなくて、ちゃんと教えないといけないと思うけど、
母国語の日本語だしねえ。ある程度は、、、できると思う。
それで、3年目は、、、なんと初めて、、、男女の比で、少し女が多かった。
でも、4対6くらいだったので、、、30人前後の生徒だから、、、小学校の先生気分だった。
2年目は、男同志で教えていた感じだったから、、、笑いの取り方も男受けする方で盛り上がったけど、
3年目は、、、その辺は、、、少し気を使った。
2年目は男中心の楽しさがあったけど、3年目も3年目で教えていて楽しかった。
かわいい生徒をちらっと、、、おおめに目を合わせたり、、、それくらいはいいでしょ。
ちょっと、、、JSLスタイルで頑張るには、人数多すぎたけど。。。って、、、自分のせいか?!
小学校みたいだけど、先生と積極的に接する熱心に勉強する女生徒グループがあって、
学期が終わった夏に頼まれて、教えた。
こんな感じで、けっこう、、、様々な生徒と出会って、田舎の大学で奮闘していた。
TXの記憶8☆カフェ
家にネットがなかったし、図書館等で勉強するのはあまり好きじゃなかったので、
カフェにけっこう通って、勉強等をしたり、ぼーっとしたり。
そして、飽きたら、、、本屋行ったり、公園に行ったり、地平線を見に行ったり。
そんなことしか、やることがなかった。
、、、やることがなかったから、カフェにいる時間が多かった。
コーヒーの匂いを感じながら、、、だだっ広い景色に囲まれて、
人間って、どうするのが幸せなんだろう?
難民地域に住んでいたこともあって、難民の人のアメリカで生きていく様に接しながら、
人間、幸せ、自分、、、
、、、カフェの窓を見ながら、、、いろいろ考えていた。
しかし、、、考え過ぎて、、、
自分が何をしたいのかも忘れかけていく時期もあって、
アメリカに何をしに来たのか?
そんな疑問を持っても、、、特にやることもないので、、、
結局、、、カフェで考えていた。
コーヒーの匂いとともに。
そして、、、
もっと今の自分の先を見てみたくなった思いと、中途半端のままでは終われないという焦りを胸に、、、
将来について、、、カフェでネットで情報調べたりしながら、、、
自分の行く末を先を描いていた。
先を無理にでも見ないと、不安に押しつぶされてしまう気から逃れようと。。。
テキサスの記憶7☆なにもない景色
なにもない景色。
初めて見たときは、、、すごい感動した。
日本は東京住まいだったから、地平線を見ていたら自由になれる気がした。
大学から引っ越して、難民地域のミャンマー人の家に住んでいたときは、
大学まで毎日通ったので、ずーーっと、、、30キロくらいのこんな道を通った。
特に、夕方がきれいだった。
夜も、遠くに、、、、地平線の遠くに見える、街の光に目を奪われた。
なにもない景色と融合している自分が不思議だった。
そして、大地と融合している気分だから、見ていた、感じていて飽きなかった。
しかし、自然の一部な気分がしても、自分は生きていける時間が限られている人間。
地平線を見ながら、1日1日と無常に時間が流れて行くのが、せつなかった。
ALLEX復活
興味のある方は、ぜひのぞいてみてください。
急に終わり、急に復活して、、、正直、何がしたいのかよくわかりませんが、
財政的や、事務的な事情等はいろいろあると思います。
しかし、、、正直、復活してくれてうれしかった。
自分自身、、、ALLEXにお世話になって、
ALLEXがなければ、留学なんて無理だったし、
ALLEXがなければ、日本語を教えるなんてできなかったし、
ALLEXがなければ、その後の将来につながっていなかった。
☆挑戦したい方はぜひ応募してみるといいです☆
2011/01/11



